ウイリアムズ
10位|7P

Williams

国籍/本拠地 イギリス/グローブ
レースドライバー
テストドライバー
シャシー名 Williams FW41
エンジン名 Mercedes M09 EQ Power+
F1初参戦 1975年 アルゼンチンGP
コンストラクターズチャンピオン回数 9回
ドライバーズチャンピオン回数 7回
総ポイント 参戦数 優勝回数
3564 708戦 114勝

2018年の成績一覧

No. グランプリ 開催日 決勝結果 予選結果 ポイント FL PP
#18 #35 #18 #35
1 オーストラリアGP 3/25 14位 リタイア 13位 19位 0 - -
2 バーレーンGP 4/9 16位 17位 20位 18位 0 - -
3 中国GP 4/15 14位 15位 18位 16位 0 - -
4 アゼルバイジャンGP 4/29 8位 リタイア 10位 11位 4 - -
5 スペインGP 5/13 11位 14位 18位 19位 0 - -
6 モナコGP 5/27 17位 16位 17位 13位 0 - -
7 カナダGP 6/11 リタイア 17位 16位 17位 0 - -
8 フランスGP 6/24 リタイア 15位 19位 18位 0 - -
9 オーストリアGP 7/1 13位 14位 13位 16位 0 - -
10 イギリスGP 7/8 12位 14位 19位 18位 0 - -
11 ドイツGP 7/22 リタイア リタイア 17位 12位 0 - -
12 ハンガリーGP 7/29 17位 16位 20位 19位 0 - -
13 ベルギーGP 8/26 13位 12位 16位 15位 0 - -
14 イタリアGP 9/2 9位 10位 10位 12位 3 - -
15 シンガポールGP 9/16 14位 19位 20位 19位 0 - -
16 ロシアGP 9/30 15位 18位 14位 13位 0 - -
17 日本GP 10/7 17位 16位 14位 17位 0 - -
18 アメリカGP 10/22 16位 15位 15位 14位 0 - -

※FL:ファステストラップ PP:ポールポジション

チーム紹介

主なチーム関係者 チーム代表 フランク・ウイリアムズ
副チーム代表 クレア・ウイリアムズ
チーフテクニカルオフィサー パディ・ロウ
空力責任者 ディルク・デ・ビア
チーフデザイナー エド・ウッド
パフォーマンスエンジニアリング責任者 ロブ・スメドレー

自動車会社の後ろ盾を持たないプライベートチームながら、チームタイトルを9回、ドライバータイトルを7回獲得しており、フェラーリやマクラーレンに並ぶ名門F1チームとして知られている。

チーム創設者であるフランク・ウイリアムズは、1969年からF1挑戦を開始。77年にエンジニアのパトリック・ヘッドとともに、現在のウイリアムズの母体であるウイリアムズ・グランプリ・エンジニアリングを設立。79年にはF1での初優勝を達成した。

80年に初めてF1のタイトルを獲得。83年からはホンダエンジンを搭載し、86年にコンストラクターズタイトルを獲得すると、翌87年にはネルソン・ピケがドライバーズタイトルも獲得し2冠を達成した。

89年からはルノーエンジンを搭載。90年代にはアクティブ・サスペンションやトラクションコントロールなどのハイテク技術を熟成させ、ナイジェル・マンセル(92)、アラン・プロスト(93)、デーモン・ヒル(96)、ジャック・ビルヌーブ(97)がF1チャンピオンに輝いた。また、2007年から09年まではトヨタエンジンを搭載し、日本人ドライバーの中嶋一貴が所属していた。

97年を最後にタイトルからは遠ざかり、2013年にはチーム部門ランキング9位とかつてない不調に陥る。だが、大幅にF1ルールが改正された14年にメルセデスパワーユニットを得ると一気にランキング3位に駆け上がり、名門復活を強く印象づけた。

翌15年にもバルテリ・ボッタス、フェリペ・マッサのコンビでランキング3位をキープしたが、16年には相対的な競争力が低下し5位へと下降。ボッタスがメルセデスAMGへ移籍した17年にはマッサと18歳のルーキー、ランス・ストロールのコンビで臨んだが、4位フォース・インディアとの差はさらに拡大してしまった。

18年は引退したマッサの後任として22歳のロシア人ドライバー、セルゲイ・シロトキンを登用。2年目のストロールとルーキーのシロトキンという若手コンビでシーズンに臨むことになる。

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