フェルナンド・アロンソ
7位|32P

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Fernando Alonso

チーム/車番 マクラーレン/14
国籍/出身地 スペイン/オビエド
生年月日 1981年7月29日
身長/体重 170cm/68kg
F1デビュー 2001年オーストラリアGP(ミナルディ)
初優勝 2003年ハンガリーGP(ルノー)
前回優勝 2013年スペインGP(フェラーリ)

2018年の成績一覧

No. グランプリ サーキット 結果 ポイント グリット 予選順位 ファステストラップ
1 オーストラリアGP アルバート・パーク・サーキット 5位 10 10 11位 -
2 バーレーンGP バーレーン インターナショナル サーキット 7位 6 13 13位 -
3 中国GP 上海インターナショナルサーキット 7位 6 13 13位 -
4 アゼルバイジャンGP バクー市街地サーキット 7位 6 12 13位 -
5 スペインGP バルセロナ・カタルーニャ・サーキット 8位 4 8 8位 -

過去の戦績一覧

チーム 順位 PTS 参戦 最高位 優勝 表彰台 FL BG PP
2001 ミナルディ 17位 0 17 10位 0 0 0 17位 0
2003 ルノー 6位 55 16 1位 1 4 1 1位 2
2004 ルノー 4位 59 18 2位 0 4 0 1位 1
2005 ルノー 1位 133 19 1位 7 15 2 1位 6
2006 ルノー 1位 134 18 1位 7 14 5 1位 6
2007 マクラーレン 3位 109 17 1位 4 12 3 1位 2
2008 ルノー 5位 61 18 1位 2 3 0 2位 0
2009 ルノー 9位 26 17 3位 0 1 2 1位 1
2010 フェラーリ 2位 252 19 1位 5 10 5 1位 2
2011 フェラーリ 4位 257 19 1位 1 10 1 2位 0
2012 フェラーリ 2位 278 20 1位 3 13 0 1位 2
2013 フェラーリ 2位 242 19 1位 2 9 2 3位 0
2014 フェラーリ 6位 161 19 2位 0 2 0 4位 0
2015 マクラーレン 17位 11 18 5位 0 0 0 9位 0
2016 マクラーレン 10位 54 20 5位 0 0 1 7位 0
2017 マクラーレン 15位 17 19 6位 0 0 1 6位 0

※PTS:獲得ポイント 参戦:参戦回数 優勝:優勝回数 表彰台:表彰台獲得回数 FL:ファステストラップ回数 BG:ベストグリッド PP:ポールポジション回数

ドライバー紹介

現役ドライバーの中で最高レベルとも言われるフェルナンド・アロンソ。ルノー在籍時の2005年と06年には、当時フェラーリで黄金時代を築いていたミハエル・シューマッハを破ってF1ワールドチャンピオン2連覇を果たしている。

ミナルディから01年にF1デビューを飾ったアロンソはその実力が認められ、翌年はルノーのリザーブドライバーに就任、03年にはレースドライバーに昇格した。

その後、当時の最年少ポールポジション記録、最年少表彰台記録を塗り替える活躍を見せ、05年にF1ワールドチャンピオンに輝く。これも当時の最年少記録であった。

06年もルノーに残って2連覇を達成すると、07年にマクラーレンへ移籍。しかし、チーム首脳陣やその年にF1デビューを飾ったチームメートのルイス・ハミルトンとの関係が悪化したことから、1年限りでマクラーレンを離脱し、古巣ルノーに復帰した。

その後、10年にフェラーリへ加入。だが、3度目のF1タイトルには手が届かず、14年限りで5年間在籍したフェラーリからの離脱を発表。15年シーズンにはホンダエンジン搭載が決まったマクラーレンに再び移籍した。

復活した伝説的チームであるマクラーレン・ホンダのドライバーとして新たな挑戦に臨んだアロンソだったが、ホンダパワーユニット(PU)の信頼性やパフォーマンスが期待ほどの向上を見せず、予選Q1敗退を繰り返すレースが続いた。入賞は第9戦イギリスGPでの10位と、続く第10戦ハンガリーGPの5位の2回だけに終わり、ドライバーランキングも17位に低迷。

翌16年はホンダPUの信頼性や戦闘力も着実に上昇し、9レースでポイントを獲得。ドライバーランキングも10位にまで改善された。

だが、ジェンソン・バトンに代わって新人のストフェル・バンドーンをチームメートに迎えて臨んだ17年シーズンは、新設計のホンダPUがパフォーマンス、信頼性ともに問題を抱えてしまう。ドライバーランキング15位で終えたアロンソは、レース中に何度もホンダPUに悪態をつくなどフラストレーションをあらわにすることも多かった。

こうしたこともあり、マクラーレンは結局このシーズン限りでホンダと決別。18年にはルノーからPU供給を受けることになった。

アロンソの18年は、F1と掛け持ちでWEC(世界耐久選手権)に全戦出走するという過酷なシーズンとなる。

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