フェルナンド・アロンソ
11位|26P

Fernando Alonso

チーム/車番 アルピーヌ/14
国籍/出身地 スペイン/オビエド
生年月日 1981年7月29日
身長/体重 170cm/68kg
F1デビュー 2001年オーストラリアGP(ミナルディ)
初優勝 2003年ハンガリーGP(ルノー)
前回優勝 2013年スペインGP(フェラーリ)

2021年の成績一覧

No. グランプリ サーキット 結果 ポイント グリット 予選順位 ファステストラップ
1 バーレーンGP バーレーン インターナショナル サーキット リタイア 0 9 9位 -
2 エミリア・ロマーニャGP イモラ・サーキット 10位 1 15 15位 -
3 ポルトガルGP アウトドローモ・インターナショナル・ド・アルガルベ 8位 4 13 13位 -
4 スペインGP バルセロナ・カタルーニャ・サーキット 17位 0 10 10位 -
5 モナコGP モンテカルロ市街地サーキット 13位 0 17 17位 -
6 アゼルバイジャンGP バクー市街地サーキット 6位 8 8 9位 -
7 フランスGP ポール・リカール・サーキット 8位 4 9 9位 -
8 シュタイアーマルクGP レッドブルリンク 9位 2 8 9位 -
9 オーストリアGP レッドブルリンク 10位 1 14 14位 -
10 イギリスGP シルバーストン・サーキット 7位 6 7 11位 -

過去の戦績一覧

チーム 順位 PTS 参戦 最高位 優勝 表彰台 FL BG PP
2001 ミナルディ 17位 0 17 10位 0 0 0 17位 0
2003 ルノー 6位 55 16 1位 1 4 1 1位 2
2004 ルノー 4位 59 18 2位 0 4 0 1位 1
2005 ルノー 1位 133 19 1位 7 15 2 1位 6
2006 ルノー 1位 134 18 1位 7 14 5 1位 6
2007 マクラーレン 3位 109 17 1位 4 12 3 1位 2
2008 ルノー 5位 61 18 1位 2 3 0 2位 0
2009 ルノー 9位 26 17 3位 0 1 2 1位 1
2010 フェラーリ 2位 252 19 1位 5 10 5 1位 2
2011 フェラーリ 4位 257 19 1位 1 10 1 2位 0
2012 フェラーリ 2位 278 20 1位 3 13 0 1位 2
2013 フェラーリ 2位 242 19 1位 2 9 2 3位 0
2014 フェラーリ 6位 161 19 2位 0 2 0 4位 0
2015 マクラーレン 17位 11 18 5位 0 0 0 9位 0
2016 マクラーレン 10位 54 20 5位 0 0 1 7位 0
2017 マクラーレン 15位 17 19 6位 0 0 1 6位 0
2018 マクラーレン 11位 50 21 5位 0 0 0 7位 0

※PTS:獲得ポイント 参戦:参戦回数 優勝:優勝回数 表彰台:表彰台獲得回数 FL:ファステストラップ回数 BG:ベストグリッド PP:ポールポジション回数

ドライバー紹介

歴代ドライバーの中でも最高レベルだと言われるアロンソ。ルノー在籍当時の2005年と2006年には、当時フェラーリで黄金時代を築いていたミハエル・シューマッハを破ってF1ワールドチャンピオン2連覇を果たしている。

ミナルディから2001年にF1デビューを飾ったアロンソはその実力が認められ、翌年はルノーのリザーブドライバーに就任、2003年にはレースドライバーに昇格した。

その後、当時の最年少ポールポジション記録、最年少表彰台記録を塗りかえる活躍を見せ、2005年にF1ワールドチャンピオンとなる。これも当時の最年少記録であった。

2006年もルノーに残って2連覇を達成すると、2007年にマクラーレンへ移籍。しかし、チーム首脳陣やその年にF1デビューを飾ったチームメートのルイス・ハミルトン(現メルセデスAMG)との関係が悪化したことから、1年限りでマクラーレンを離脱し、古巣ルノーに復帰。

その後、2010年にはフェラーリへ加入。だが、3度目のF1タイトルには手が届かず、2014年限りで5年間在籍したフェラーリからの離脱を発表。2015年シーズンにはホンダ・エンジン搭載が決まったマクラーレンに再び移籍した。

復活した伝説的チームであるマクラーレン・ホンダのドライバーとして新たな挑戦に臨んだアロンソだったが、ホンダ・パワーユニットの信頼性やパフォーマンスが期待ほどの向上を見せず、予選Q1敗退を繰り返すレースが続いた。入賞は第9戦イギリスGPでの10位と、続く第10戦ハンガリーGPの5位の2回だけに終わり、ドライバーズ・ランキングも17位に低迷。

翌2016年は、ホンダ・エンジンの信頼性や戦闘力も着実に上昇し、9レースでポイントを獲得。ドライバーズ・ランキングも10位にまで改善された。

だが、ジェンソン・バトンに代わって新人のストフェル・バンドーンをチームメートに迎えて臨んだ2017年シーズンだったが、新設計のホンダ・エンジンがパフォーマンス、信頼性ともに問題を抱えてしまう。

2017年シーズンをドライバーズ・ランキング15位で終えたアロンソは、レース中に何度もホンダ・エンジンに悪態をつくなどフラストレーションをあらわにすることも多かった。こうしたこともあり、マクラーレンは結局このシーズン限りでホンダと決別。2018年にはルノーからエンジン供給を受けることになった。また、モナコGPを欠場し、ホンダエンジンでインディ500に参戦した。

2018年は、F1とかけもちでWEC(世界耐久選手権)に全戦出走するという過酷なシーズンをこなし、ル・マン24時間レースをトヨタと共に制した。これで「グラハム・ヒル以来の世界三大レース制覇」にあとひとつとなり、2019年はF1に参戦しないことを表明。

2019年はマクラーレンF1のアンバサダー兼リザーブドライバーに就任しつつ、マクラーレンからインディ500にも再参戦したが予選敗退となった。また、トヨタと共にル・マン24時間レース2連覇を達成した。

2020年はトヨタからダカールラリーに初参戦して完走。マクラーレンからはインディ500に再参戦し初完走を果たした。F1復帰はないと見られていたが、2度のF1王者を獲得したルノーF1と2021年から2年間の契約を発表した。

2021年はルノー傘下のアルピーヌへとチーム名を変えるフランスチームとともに臨む。

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