キミ・ライコネン
3位|251P

Kimi Raikkonen

チーム/車番 フェラーリ/7
国籍/出身地 フィンランド/エスポー
生年月日 1979年10月17日
身長/体重 173cm/63kg
F1デビュー 2001年
初優勝 2003年Malaysia Grand Prix(マクラーレン)
前回優勝 2018年アメリカGP(フェラーリ)

2018年の成績一覧

No. グランプリ サーキット 結果 ポイント グリット 予選順位 ファステストラップ
1 オーストラリアGP アルバート・パーク・サーキット 3位 15 2 2位 -
2 バーレーンGP バーレーン インターナショナル サーキット リタイア 0 2 2位 -
3 中国GP 上海インターナショナルサーキット 3位 15 2 2位 -
4 アゼルバイジャンGP バクー市街地サーキット 2位 18 6 6位 -
5 スペインGP バルセロナ・カタルーニャ・サーキット リタイア 0 4 4位 -
6 モナコGP モンテカルロ市街地サーキット 4位 12 4 4位 -
7 カナダGP ジル・ビルヌーブ・サーキット 6位 8 5 5位 -
8 フランスGP ポール・リカール・サーキット 3位 15 6 6位 -
9 オーストリアGP レッドブルリンク 2位 18 3 4位 FL
10 イギリスGP シルバーストン・サーキット 3位 15 3 3位 -
11 ドイツGP ホッケンハイムリンク 3位 15 3 3位 -
12 ハンガリーGP ハンガロリンク 3位 15 3 3位 -
13 ベルギーGP スパ・フランコルシャン・サーキット リタイア 0 6 6位 -
14 イタリアGP モンツァ・サーキット 2位 18 1 1位 -
15 シンガポールGP マリーナ・ベイ・ストリート・サーキット 5位 10 5 5位 -
16 ロシアGP ソチ・オートドローム 4位 12 4 4位 -
17 日本GP 鈴鹿サーキット 5位 10 4 4位 -
18 アメリカGP サーキット・オブ・ジ・アメリカズ 1位 25 2 3位 -
19 メキシコGP エルマノス・ロドリゲス・サーキット 3位 15 6 6位 -
20 ブラジルGP インテルラゴス・サーキット 3位 15 4 4位 -

過去の戦績一覧

チーム 順位 PTS 参戦 最高位 優勝 表彰台 FL BG PP
2001 ザウバー 10位 9 17 4位 0 0 0 7位 0
2002 マクラーレン 6位 24 17 2位 0 4 1 2位 0
2003 マクラーレン 2位 91 16 1位 1 10 3 1位 2
2004 マクラーレン 7位 45 18 1位 1 4 2 1位 1
2005 マクラーレン 2位 112 19 1位 7 12 10 1位 5
2006 マクラーレン 5位 65 18 2位 0 6 3 1位 3
2007 フェラーリ 1位 110 17 1位 6 12 6 1位 3
2008 フェラーリ 3位 75 18 1位 2 9 10 1位 2
2009 フェラーリ 6位 48 17 1位 1 5 0 2位 0
2012 ロータス 3位 207 20 1位 1 7 2 3位 0
2013 ロータス 5位 183 17 1位 1 8 2 2位 0
2014 フェラーリ 12位 55 19 4位 0 0 1 5位 0
2015 フェラーリ 4位 150 19 2位 0 3 2 2位 0
2016 フェラーリ 6位 186 21 2位 0 4 1 3位 0
2017 フェラーリ 4位 205 20 2位 0 7 2 1位 1

※PTS:獲得ポイント 参戦:参戦回数 優勝:優勝回数 表彰台:表彰台獲得回数 FL:ファステストラップ回数 BG:ベストグリッド PP:ポールポジション回数

ドライバー紹介

下位カテゴリーでの経験が少なく、当初は数戦のみの限定ライセンスで2001年にザウバーからF1デビューを果たしたキミ・ライコネン。しかし、ここで速さを見せたライコネンは、翌年には名門マクラーレンへ移籍。マクラーレンでも才能を発揮しF1初優勝も達成したが、信頼性に泣くことが多く、タイトルには手が届かなかった。

07年にはフェラーリへ移籍し、開幕戦でいきなり優勝。運にも恵まれ、最終戦にランキング3番手からの劇的な逆転でF1チャンピオンに輝いた。しかし、フェルナンド・アロンソの加入に伴ってフェラーリとの契約を解除されたライコネンは、09年限りでF1を離れ、その後はWRC(世界ラリー選手権)などで戦う。

2年のブランクを経て12年にロータスからF1に復帰したライコネンは、復帰1年目から優勝するなどの活躍を見せ、ドライバーランキングも3位で終える。13年はランキング5位に後退したものの、14年にはかつてタイトルを獲得したフェラーリへの復帰を果たした。

アロンソのチームメートとして臨んだ14年シーズンは、その年に新たに導入されたパワーユニットを搭載する新時代F1カーのハンドリングに苦しめられる。シーズンを通じてアロンソの3分の1ほどのポイントしか稼ぐことができず、ランキングも12位と低迷した。

15年はアロンソがマクラーレン・ホンダへ移籍し、レッドブルから移ってきたセバスチャン・ベッテルがチームメートとなった。この年のランキングは4位に浮上したライコネンだが、3勝を挙げコンスタントに表彰台に上る活躍を見せたベッテルに対して、パフォーマンスで後れを取ることが多かった。

16年にはフェラーリの戦闘力が前年より相対的に低下。チームは1勝も挙げることができず、ライコネンはメルセデスAMG勢、レッドブル勢、ベッテルに続くランキング6位だった。

翌17年はフェラーリが戦闘力を高め、ライコネンもランキング4位となったものの、メルセデスAMG勢やベッテルとの差は大きく、18年は進退をかけた正念場のシーズンとなりそうだ。

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