マノー
-位|0P

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Manor

国籍/本拠地 イギリス/シェフィールド、バイチェスター
レースドライバー
テストドライバー
シャシー名 Manor MRT05
エンジン名 Mercedes PU106C Hybrid
F1初参戦 2010年 バーレーンGP
コンストラクターズチャンピオン回数 0回
ドライバーズチャンピオン回数 0回
総ポイント 参戦数 優勝回数
3 132戦 0勝

2017年の成績一覧

No. グランプリ 開催日 決勝結果 予選結果 ポイント FL PP

※FL:ファステストラップ PP:ポールポジション

チーム紹介

主なチーム関係者 チームオーナー スティーブン・フィッツパトリック
チーム会長 ジャスティン・キング
レーシングディレクター デイブ・ライアン
テクニカルディレクター ジョン・マクウィリアム
空力責任者 ニコラス・トンバジス
エンジニアリングコンサルタント パット・フライ

ジョン・ブースが設立したマノー・レーシングを母体とするチームで、2010年にヴァージンとしてF1への参戦を開始。当初、風洞を使わず、シミュレーション技術のみでクルマを設計するという斬新な手法を採用していた。

しかし、チームは常に最下位争いしかできず、2011年にはロシアのスーパーカーメーカーであるマルシャへチーム株式の一部を売却し、マルシャ・ヴァージンとして参戦。さらに2012年からはヴァージンがチーム運営から撤退し、チーム名をマルシャと改めていた。

2012年から風洞も使ったマシン設計に切り替えたこともあり、2013年にはチームランキング最下位を脱出。2014年にはジュール・ビアンキがモナコGPで9位に入賞し、チームに参戦以来初となるポイントを獲得した。

だが、その一方で親会社であったロシアのマルシャが経営破たんに陥るなど、チームの財政は悪化をたどることに。さらに、鈴鹿で行われた2014年の日本GP決勝ではビアンキがコース脇の作業車に激突して意識不明の重症を負うなどの悲劇にも見舞われた。次戦のロシアGPには1台のみでエントリーしたものの、その直後にチームは管財人による清算手続きに入った。

2015年シーズン開幕を1か月後に控えた2月中旬にイギリス電力業界の風雲児と呼ばれるスティーブン・フィッツパトリックが新オーナーとなり、チームの存続が決定。マノー・マルシャとして参戦を継続した。だが、シーズン中にフィッツパトリックとチーム首脳陣の関係が悪化し、チーム代表を務めていたブースととともに、その右腕として長年チームを支えてきたグレアム・ロードンがシーズン後に離脱している。

新体制となった2016年には、正式登録名称をマノー・マルシャからマノーへと変え、パワーユニットをそれまでのフェラーリからメルセデスに変更。さらにウィリアムズとも技術協力契約を結ぶとともに、かつてフェラーリで活躍していた技術者を招き入れるなど、チーム力アップを図っている。

ドライバーには2015年のドイツ・ツーリングカー選手権で史上最年少チャンピオンに輝いたメルセデス所属のパスカル・ウェーレインとF1初のインドネシア人ドライバーとなるリオ・ハリアントが起用されることになった。

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